「伊達政宗 チビだった」という一言から始まった5chなんでも実況板のスレが、いつの間にか戦国武将たちの身長トリビア大会になっていた(´・ω・`)
発端は「豊臣秀吉は身長140cm」という定番のネタ。そこに「じゃあ妻の淀殿は170cm」「息子の秀頼にいたっては198cm」という話が乗っかり、ガリレオ民は一斉に「妙だな…🤔」とざわついた。
石田三成156cm、夏目漱石158cmといった比較対象も次々と飛び出し、最終的には鎧のサイズから推定する「本当の身長」検証にまで発展。果ては伊達政宗の人物評価論争まで巻き込む、雑学スレらしい盛り上がりを見せた。
歴史の教科書には載らない「身長」という切り口、保存版としてまとめておきたい(゚∀゚)
🎯 PART 1:発端は「秀吉140cm」伝説
ちな秀吉 身長140cm
ワイの半分もなくて草
石田三成 身長156センチ
夏目漱石 身長158センチ
※筆者ツッコミ 秀吉140cm説は昔からの定番ネタだが、石田三成・夏目漱石と並べられると「当時の平均身長」の感覚が掴めてくる。ちなみに江戸時代の成人男性平均は155〜157cm前後と言われており、あながち大げさな数字でもない。
🎯 PART 2:淀殿170cm・秀頼198cmに「妙だな」
秀吉140cm 茶々(淀殿)170cm 秀頼198cm←妙だな…🤔
淀がこんだけでかいなら秀頼197cm説も案外ホンマなんやろか
>>11 家康「😯」
※筆者ツッコミ 140cmの父と170cmの母から198cmの息子が生まれる──この数字の飛躍こそが「秀頼は実は秀吉の実子ではないのでは」という古くからの都市伝説のモチーフになっている。家康の心境を代弁した一言芸コメントがじわじわくる。
🎯 PART 3:秀忠のリアクション芸
>>11 秀忠「あかんパッパが生きてるうちになんとかしてくれな、二代目対決で秀頼にワイ負けるンゴ」
横綱の太刀山とか当時からしたら巨人扱いやったワンやろな
戦国大名が150から160とか想像すると笑えるな 小学生の運動会に思えて来た
※筆者ツッコミ 徳川家の二代目・秀忠の「負けるンゴ」になりきりコメントは完全に創作だが、こういう脱線の緩さもなんでも実況板らしいところ。当時の身長感覚を「小学生の運動会」に例えるのも言い得て妙。
🎯 PART 4:鎧から見る「本当の身長」検証
秀吉は鎧調査から150ないくらいとのこと 当時的にそこまで極端なチビでもない
前田家に伝わってる甲冑サイズから推定159cm前後(前田慶次)
160あれば当時としてはけっこうデカいだろ
むしろ全員このサイズあったのかも疑問じゃない? 当時にしてはこれでも大柄なんじゃないの?
※筆者ツッコミ ネタの数字(秀頼198cm)と、鎧の実測から割り出す研究ベースの推定(秀吉150cm弱、前田慶次159cm前後)が同じスレに同居しているのが面白いところ。都市伝説と史料検証、両方楽しめるのが雑学スレの醍醐味。
🎯 PART 5:伊達政宗、イメージ論争に発展
最近の伊達政宗はイメージ悪いよな ええかっこしいの外患誘致野郎
政宗は謀略家だな 撫で斬りとかもしてるし昭和に作られたイメージからはかけ離れてる
>>30 世界のケン・ワタナベが演じてなければ今でも悪役
政宗を悪役主人公にしてほぼ史実通り大河作ったら今の時代でも大ヒットしそうなんだけど 独眼竜ファンとかご当地が怒り狂っちゃうやろか
※筆者ツッコミ 身長ネタから一転、伊達政宗の「独眼竜」人気イメージと史実の謀略家・政宗とのギャップ論争へ。渡辺謙の怪演がなければ今も悪役イメージだった、という指摘は的を射ている。
📝 まとめ:数字で見る戦国武将は面白い
🥇 発端は「秀吉140cm」の定番ネタ。そこに淀殿170cm・秀頼198cmという組み合わせが加わり、「妙だな…🤔」の一言で一気にスレが盛り上がった。
🥈 鎧の実測調査からは秀吉150cm弱・前田慶次159cm前後という史料ベースの推定も登場し、都市伝説と検証が同居する展開に。
🎯 最後は伊達政宗のイメージ論争まで飛び火。歴史は数字で見ると案外新しい発見がある、そんな保存版トリビアだった📌 あなたの推し武将は何cmだったと思う?
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※本記事は5ちゃんねる「なんでも実況(ガリレオ)」のコメントを引用・整理したものです。


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