「バガボンド」は井上雄彦による傑作剣戟漫画。宮本武蔵を題材にした歴史冒険譚で、最盛期は月刊アフタヌーンの看板作だったが、2008年から長期休載中で現在まで未完状態。スレ主は連載当時の思い出を振り返りながら、エッヂの住人たちとの語り場を求めた。
スレの盛り上がりは「なぜ完結しない?」という問いから始まった。「スラムダンク」と同じ末路説が浮上——つまり山王戦という究極の試合を描いた後に「これ以上のを描けない」という燃え尽き症候群に陥って連載終了した。同じように小次郎編という最大盛り上がりを描いた後、それを超える戦いが想像できず、結果として描けなくなったというシナリオだ。
スレで特に議論の中心は小次郎のキャラ造形の違和感(聾唖設定の深さと、なぜそこまで?という問い)と、井上雄彦という天才の孤独。彼の画力が高すぎるゆえに、後継者も模倣者もほぼ生まれず、本人も完璧を求めすぎて進まない——という高みゆえの苦悩が漂う。
🎯 PART 1:「10分で読める」懐かしさと圧縮議論
完結したんか?10数巻まではコンビニで新作置いてあったらかっとったけど 凄いよな10分で読める
※懐かしい…! コンビニの棚に鎮座してた時代が懐かしすぎてヤバい
無駄なシーン圧縮したら15巻に収まるやろあれ
人間の強い部分と弱い部分書くのやけに上手いよね
※「無駄を圧縮」vs「充実の筆致」——井上雄彦の作風の矛盾が凝縮されてる。短編なら傑作だが、長編は容赦がない。
🎯 PART 2:小次郎のキャラ造形への素朴な疑問
小次郎が聾唖なのはともかく、何であそこまでガイジになんねん
ギアイは読み書きくらい教えとけよなと
※確かに。設定が「障害」ではなく「ただの怪物」化してないか…? 井上雄彦の「弱さ」を描くテーマが、小次郎で異色の方向に振れてる違和感。
🎯 PART 3:スラムダンク説の核心「名試合を超えられず」
結局スラダンと同じ結末やねん。山王戦で燃え尽きてこれ以上の試合を描けないってなって終わらせたみたいに今までの名試合を超える戦いを小次郎編で描けなくなって続き描けなくなってるんよ
巌流も聾唖との戦い描けなくておじゃんやからそら続き描けんよ
※「山王戦の呪い」——一度究極を描くと、それ以上を想像できなくなる。井上雄彦はスラダン後にそれを学んだはずが、バガボンドでも同じ壁にぶつかった説。
🎯 PART 4:井上雄彦の画力とフォロワーの真空
井上雄彦って三浦建太郎みたいに弟子おらんのか 上手すぎて絵柄のフォロワーも見ないし
キングダムの人がアシスタント上がりで成功した人やな 他は聞いたことない
※つまりほぼいない。「上手すぎる」というのは、漫画界では孤独の証。後進を育てる余裕がなく、本人も完璧主義で進まない——井上雄彦は才能の果てにいる。
🎯 PART 5:登場人物の行方は…懐かしき名脇役たち
夢想権之助ってもう2度と出てこんのかな
ちんちん潰された辻風弟可哀想よな どっかに何年も閉じ込められてたり
※読者たちの記憶にはキャラが生きてるのに、本誌では封印状態。完結しない作品ほど、ファンの脳内で勝手に「続き」が生まれる。それもまた一種の幸福かもな。
📝 まとめ:バガボンドが完結しない理由とは
スレッドで浮上した「スラダン説」は有力だ。山王戦を描いた後に「次」が描けなくなったように、バガボンドでも小次郎という最高峰を描いた結果、それを超える戦いが想像できず、ペンが止まった。井上雄彦という完璧主義者の前には、己の傑作が最大の壁になってしまったのかもしれない。
むしろ完結しないことが、バガボンドへの最高の敬意なのかも。未完のまま、永遠に名作でいられる——そんな逆説的な魅力を、この作品は持っている。あなたはバガボンド、続きが読みたい派?それともこのまま伝説でいてほしい派?
※本記事はエッヂ掲示板のコメントを引用・整理したものです。

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