ゲーム売上でマウント取るエッヂ民と、それを「なんで?」と突っ込む健常者。一見しょうもない議論に見えるけど、スレッド内ではエッヂ民自身が「実は遊びやろ」と認めてしまう。
でも、そこから議論が深まる。ソシャゲのサ終リスクがあったり、野球や政治でも同じことしてたり、そもそも好きなものが売れてるのは嬉しいという万人の感情がある。つまり「売上でマウント」って、結局何なのか?
この記事では、エッヂ民が自分たちの文化を言語化していく過程を追う。売上煽りは悪いのか。遊びなのか。それとも、心理的に正当な基準なのか。
🎯 PART 1:発端「野球チームと同じメンタルやん」
野球のチームが勝っただけで自分が勝った気になるやつもおるししゃーない
※ああ、つまり「好きなコンテンツが売れる=自分の勝ち」って感覚は、野球チーム応援と同じ心理なわけか。なるほど。
🎯 PART 2:「ソシャゲの売上は生死に関わる」理性的な理由
まあソシャゲだけは売り上げ気にするのはわかる 一年後サ終とか言われたらたまらんしあまりにも売れてないゲームはワイも基本やらん
※これはガチ。ソシャゲはサ終のリスクがあるから、売上の推移を見守る気持ちは合理的。好きなゲームが急に終わるのは嫌だからね。
🎯 PART 3:「売上煽りは心を折る武器」という現実
まぁ基準としてはありやと思うで 鬼滅400億で殴られて去勢されたエッヂ民が一番よく分かってるはずや 心へし折られて歯向かってくるヤツおらんくなったわけやし
※ぐう核心。つまり売上煽りは「心を折る武器」として機能してる。鬼滅の売上で殴られたエッヂ民たちが沈黙するほど、効果がある。だから「基準として」成立してるわけだ。w
🎯 PART 4:「好きなものが人気=嬉しい」なのに「優劣はつけるな」?
まあ好きなものが人気だと嬉しいってのは万人にある感覚だと思う その数字で優劣をつけるもんでないが
※理性的。感情としては「好きなもの≠売上が多い」で嬉しいけど、「だからこそ優劣はつけるべきでない」という倫理的な主張。もっともな指摘。
🎯 PART 5:「実は遊び」→「上手く返論できたら勝ち」がルールだった
単なる遊びよな エッヂ民A「これつまらん!ゴミ!(謎の先制攻撃)」エッヂ民B「おもろいやろ、こんだけ売れたんやし(数字ペタ)」エッヂ民A「うるさいうるさいうるさい(発狂)」上手く返せないAが悪いよ
※キター。ついに本質が露呈。つまり売上マウントは「レスバゲーム」。Aが「つまらん」と攻撃 → Bが「売上ペタ」で返論 → Aが返せず発狂 = Bの勝ち。これがルール。上手く返せないAが悪いんだって。www
🎯 PART 6:「売上煽りは一番効く」だからこの遊びは永遠
コンテンツの信者もアンチもなんだかんだで売り上げ煽りが一番効いちゃうから売り上げ数字バトルの話題がなくなることはないやろうなって
※これだ。売上煽りは「一番効く武器」。信者もアンチも等しく沈黙させる数字。だから止まるわけがない。永遠のレスバ戦場。
📝 まとめ:売上マウントは「悪」ではなく「遊びルール」
つまり、エッヂ民の「売上でマウント」現象は、単なる愚かさではなく、一種の「レスバ遊びのルール」。好きなコンテンツが売れてるのが嬉しい(野球チーム応援と同じ)。その喜びを数字で表現できる(ソシャゲの生死判定として合理的)。そして「売上を引き出されたら返論できない=負け」というゲーム感覚。
野球も政治も同じ心理なのに、なぜかゲーム売上だけ「意味不明」って言われる矛盾。でも、エッヂ民自身が気づいてる。これは遊びだけど、一番効く遊びだってことを。だからこそ止まらない。今日も明日も、売上煽りは続く。
※本記事はエッヂ掲示板のコメントを引用・整理したものです。

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