「あれ全部想像で実際はサッパリわかってないんだってね」――教科書でおなじみの縄文人・弥生人の服装イラスト、実はほぼ全部が推測だったという衝撃の事実からスレが始まった。
博物館の学芸員直伝という情報を引っさげたイッチに、おんJ民が「服の出土は?」「じゃあ何を着てたんや」と次々質問をぶつけ、話は貫頭衣・気温・格差社会にまで展開する。
やがて話題は「服を作れたのは村の偉い人だけでは」という格差の話にまで広がり、最後は貧富の差が生まれた弥生時代の転換点という妙に重いテーマで締まる。
知ってるようで実は何も知らなかった縄文・弥生ファッション、wwwと「へえ」が同時に出るなんJ民のトリビア議論をまとめた。
😲 PART 1:「あれ全部想像」という衝撃の告白から始まる
あれ全部想像で実際はサッパリわかってないんだってね。
今年一番驚いたわ
気温が低くて何らかの服は着てたかも。動物の皮とか加工した跡がある石器がある→こんな感じかもな。なレベルだってさ。
ハサミも針も糸もないからあんなきっちりしてたのは着てないかもって国立歴史民俗博物館の人が言ってた
※教科書のイラストがまるっと「その道のプロの想像図」だったという事実に、まず読んでいるこちら側が「今年一番驚いた」を体感することになる。ハサミも針も糸もない時代に、あのきっちりした貫頭衣は本当に存在したのか。
🧵 PART 2:じゃあ何を着てたんや問題
服を着始めたタイミングは服の痕跡じゃなくて虫の痕跡で推定してるらしいね
魏志倭人伝の記述くらいしかないよな
布の真中に穴をあけてそこに頭を通して着る貫頭衣ってやつ
※服そのものの痕跡ではなく「虫」から服の起源を推定するという、考古学の意外な地道さに感心する場面。ちなみに服装の名前だけは中国の歴史書(魏志倭人伝)頼みというのも、地味に衝撃的な事実。
🏺 PART 3:出土しない理由は「繊維は溶ける」
奈良市の正倉院に伝わる8世紀(奈良時代)の子供用衣服で、ベニバナで染めた国内最古の布製品として確認されています
だって。
しかも断片よ布切れやからな
服の形としての出土は無理やろな、、、
繊維とかは溶けるんやろな
※「国内最古の布製品」ですら奈良時代(8世紀)の断片止まりというから、そこから遡ること数千年の縄文・弥生の服がほぼ想像で埋められているのも納得せざるを得ない。布は土に還ってしまうということらしい。
👘 PART 4:縄文=原始人、弥生=文明人という謎の共通認識
ギャルソン着てたらしいで縄文人は
弥生人は西海岸風B-BOYらしい
⚖️ PART 5:貧富の差と「服を作れる人・作れない人」
村の偉い人とかだけかもな。
パンピーまで服作ったり誰かが配ってたりはせんやろし。。
格差は激しかったやろな。当時は今以上に使えないやつとかは差別あったのかもな
弥生時代に入って米が貯蔵されるようになってから貧富の差が生まれたからな
それまでの縄文時代はわりかし対等で、集落どうしの間で外交的(物々交換がメインかつ必須だったから)だったらしい
※「服を作れたのは村の偉い人だけでは」という指摘から、話は一気に社会構造の話に。米の貯蔵が始まったことで貧富の差が生まれたという弥生時代の転換点は、服の話から自然にたどり着くにしては重いテーマ。
🌾 PART 6:狩りの現実と「怪我したら終わり」な暮らし
怪我したら終わりやな。アロエみたいの貼ってもねぇ、、、
※子供の頃に見た「マンモスをみんなで倒す」漫画的イメージも、実際は群れからはぐれた子象を罠にかける地道な狩りだった可能性が高いという。ロマンより現実の方がだいぶシビアだったようだ。
📝 まとめ:
🥇 教科書でおなじみの縄文・弥生の服装イラストは、実は「これくらいだったのでは」という学芸員の推測にすぎなかった
🥈 服の痕跡はほぼ残っておらず、起源の推定にすら「虫」を手がかりにするという地道な考古学の実態
🥉 弥生時代の米の貯蔵開始とともに貧富の差が生まれ、服を作れる・作れないの格差もそこから始まった可能性
当たり前だと思っていた歴史の教科書のイラスト、実はあなたの身の回りにもまだまだ「実は想像でした」なものがあるかもしれない。
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※本記事はopen2ch なんでも実況(ジュピター)のコメントを引用・整理したものです。


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