二十年前と現在の絵柄を並べた押切蓮介さんのポストに、掲示板で賛否の声が集まりました(´・ω・`) 「個性が消えた」「あの絵だからよかった」と惜しむ声が多い一方で、「絵柄が変わるのも作家の自然な流れ」と受け止める声もあります。
この記事では、作者への敬意を保ったまま、絵柄の変化をどう見るかというファンの意見を整理します(゚∀゚) 作品論として、賛成も反対もまとめて見ていきましょう。
📌 出典:押切蓮介さん(@rereibara)のポスト/エッヂ掲示板「【画像】「ハイスコアガール」の作者、画風が進化するwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
🎯 PART 1:二十年前と現在、並んだ絵柄
作者ご本人が「二十年前→現在」の絵を並べ、「個展に向けて頑張ってます!」と投稿。この一枚から、絵柄の違いに注目が集まっていきました。
※筆者補足:比較画像は作者本人の投稿です。まずは元の画像を見て、ご自身の印象と比べてみてください。
🎯 PART 2:「個性が消えた」と惜しむ声
「魅力なくなっとるやんけ!!!!!!!」と、一目で惜しむ反応。勢いのあるツッコミですね。
「個性消えただけで草」。笑いながらも、変化の核心を言い当てているレスです。
「良さが消えてるわ」。具体的な良し悪しではなく、作品の味そのものが薄れたという感覚的な指摘です。
「上手い下手じゃなくて個性が消えるのは」。絵の巧拙ではなく、個性が消えることそのものを問題にする見方です。
「押切蓮介の絵柄好きだったのに」。作者の絵が好きだったからこそ、残念さが強く出ている声です。
※筆者ツッコミ:「草」と書きつつ、多くのレスは作品への愛着から来ているように見えます。笑いと惜しさが同居しているのが面白いところです。
🎯 PART 3:「あの絵だから好きだった」派
「ハイスコアガールってなんであんな絵で萌えたんだろなあ」。独特の絵柄だからこそ刺さった、という振り返りです。
「あの絵だからよかったのに」。短いひと言ですが、作品と絵柄が一体化していたという意見でしょう。
「でろでろ末期の頃の絵柄が一番良かったのに、ハイスコアで跳ねてから、どんどん竜騎士みたいになっちゃった」。ヒット後の変化に寂しさを感じた、という具体的な比較です。
🎯 PART 4:今の絵で、迫力は出せるのか
「今の絵柄でこれ描かれても迫力皆無だろ」。同じ場面を今の絵柄で描いたら、という比較が添えられています。
※筆者ツッコミ:「迫力」は絵柄だけでなくコマ割りや演出にも左右されるので、この比較がどこまで絵柄の差なのか、議論の余地はありそうです。
「この作者って伊藤潤二の影響受けてたんかな、画風的に」。ホラー漫画の系譜と重ねて見る視点もあるようです。
「さくらももこみたいだな」。どの部分を指しているかは書かれていませんが、丸みのある柔らかな雰囲気を比喩的に言ったのかもしれません。
※筆者補足:この比喩は具体的な根拠が示されていないため、解釈は読者によって分かれそうです。
🎯 PART 5:変化をプラスに受け止める声
「無理やり絞り出した美少女にしては、個性もあってちゃんと可愛いやん」。新しい絵柄にも、ちゃんと魅力を見つけた声です。
「美少女描いたくらいで作者の個性は死なないよ」。絵柄が変わっても作者らしさは残る、という擁護の意見です。
🎯 PART 6:編集と売れ方をめぐる議論
「いやこれ良い話か…?」「作者の個性を殺してるやん」「売れれば良いってもんでもないやろ」。作品の出来より、売れ方と作家性のバランスを問う意見です。
※筆者ツッコミ:「編集に感謝」は、作品が成功した後だからこその結果論という面もありそうです。
「なんぼボツにされても、何年も諦めずに作り続けてたガッツが評価されてそう」。結果の良し悪しより、作り続けた姿勢に目を向けた声です。
🎯 PART 7:作品ごとの思い出
「戦争で鬼が出てくるやつ好きだった」。「夕闇通り探検隊」を指したレスです。初期作を懐かしむ声ですね。
「序盤が好き。島に行ってからはエグくてあんまり好きじゃない」。同じ作品でも、時期によって好みが分かれるという指摘です。
📝 まとめ:絵柄の変化をどう見るか
今回の比較では、「個性が消えた」「あの絵だからよかった」と惜しむ声と、「美少女を描いても作者の個性は死なない」と擁護する声が並びました。どちらも作品への愛情から来ているように見えます。
絵柄の変化を「劣化」と見るか、「作家が変わった証」と見るかで評価は割れています。作者が個展に向けて挑み続ける姿を見守りつつ、あなたは今の絵柄派ですか? それとも初期の絵柄派ですか?
※本記事はエッヂ掲示板のコメントを引用・整理したものです。

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